あきらのあきらめないブログ

普段は歴史ブログを書いていますが、それ以外の思いを綴ります

パワハラという言葉がなかったころ

昔は、古き良き時代だったかもしれない。働こうと思えば、深夜まで思い切り働くことが出来た。土日出勤しても、誰か事務所に人がいたし、どれだけ働いても誰も文句を言わなかった。

ノミュニュケーションが発達していて人情味はあったかもしれないが、その反面、上司の力は強くて、上司の怒鳴り声が聞こえることもしばしばあった。

会社の為ならという、愛社精神が強くて、会社のために自らを犠牲にして働く人も多かったと思う。

古き良き時代、会社にとって従業員を都合よく働かせるには、良い時代だったのかもしれない。僕も、若いころはそんな時代を過ごしていた。

 

今の時代では、パワハラ体罰も、やってはならぬことである。やってしまうと、自分の首が飛んでしまう恐れがある。

僕が若いころは今と違って、会社ではパワハラ、学校では体罰、なんて言葉が全くなかった時代である。上司が部下に怒鳴る、先生が生徒を平手打ちする、それが当然のように行われていて、上司が怖いから真面目に仕事をしよう、先生が怖いから宿題をしっかりやっていこう、そんな意識を誰しも持っていたのではと思う。それはそれで、機能していたのかもしれない。

 

今となっては、懐かしい話である。とても個性的な上司もいた。かなり問題児の上司で、いつどこにいてどんな仕事をやっているか、誰もわからなかった。今では信じられないことである。僕は、今ではパワハラと呼ばれていることを、この上司から受けていた。

その内容は・・・

 

当時の事を思い出して、書こうと思ったが、全く思い出せない。一種の記憶喪失なのか。僕のどんな行動に対して、どんなパワハラを受けているのか全く思い出せないのだ。

記憶をたどろうとしてみても、ぷつりと切れている。パワハラを受けていたと思われる、およそ1年間の事がまるで無かったかのように、空白状態になっている。その頃、僕は何をやって生きていたのか、どんな仕事をやっていたのか、友達とどんな遊びをしていたのかも思い出せない。

思い出せるのは、バカ、てめえは疲れる奴だ、この仕事辞めるか、会社辞めるか、あほかお前は・・・そんな言葉と、会社に行こうとすると胃が痛くなり、急性胃炎を発症し、会社を数週間休んだことである。

パワハラを受けると、そのショックで記憶を失ってしまうのか。あまり思い出したいと思ったことはないが、今振り返ってみて驚いた。

 

僕は会社に訴えたことは覚えている。

「上司が大変難しい人で、僕は今の状態で仕事を続ける自信がありません」、と。

 

有難いことに会社は僕の訴えを受け入れてくれたことも、覚えている。

「確かに、君の上司は問題のある人物だよ。君のように何人も会社に来れなくなっている。職場を変えようか」

しかし、パワハラという言葉がなかった時代である。続いて、会社はこんなことを言ってきた、ことも覚えていた。

「でも、理由は何であれ、会社に来れないという精神状態になっているのは君にも問題があるはずだ。君の希望を会社が受け入れることは、君をブラックリストに乗ることになる。将来の出世はないと考えてくれ」

 

今じゃ考えられないことかもしれない。問題児の上司は、ずっと職場に管理職の立場で居続けて、パワハラの被害にあった人々は、問題のレッテルを張られて会社に埋もれてしまった。

パワハラという強力な言葉の盾ができてからは、過去の上司も何処かへ飛ばされてしまって、職場が変わった僕の視界からも完全に消え去った。そして、当時の事を思い出すこともほとんどなくなった。

世の中もパワハラに対する考え方が大きく変わり、パワハラ行為が大きな社会問題となった。会社でもパワハラ行為に対する厳しいルールや社則が出来て、社員が会社で仕事がしやすいように変わってきている。

あれから15年ほどたった今、過去のブラックリストのせいなのか、様々な仕事の責任を負わせられるものの、僕は名ばかり課長を続けている。

しかし、もうパワハラに恐れることも心配をする必要もなくなり、能天気にマイペースで仕事が出来ていることは、とても嬉しく思う。

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。