あきらのあきらめないブログ

普段は歴史ブログを書いていますが、それ以外の思いを綴ります

穴が開いたくつ下の思い出

お題「くつ下」

f:id:t-akr125:20171124233356j:plain

こんにちは。たなかあきらです。

 

「もったいない」

この言葉が、今も強くぼくの耳に残っている。僕自身は、なんでもすぐダメにして、本来なら長く使える事は無かった。

 

くつ下もそうだった。僕のくつ下へのプレッシャーは強く、負担が大きいのだ。

もし、くつ下が口がきけるのなら、おとぎ話に迷い混んでしまったのなら、きっと僕はくつ下からからさんざん文句を言われたのだろう。

 

部屋の中でジャンプしたり、滑り込んだり、とにかく動き回る。外でも、早足であるいたり、時にはダッシュしたり、階段を書く上がったり、常に脚と靴や床の間で、強い摩擦力が生じていた。

 

子供の頃だけでなく、今も年甲斐なくあまり変わらない激しい動きをしているので、直ぐくつ下に穴があくのだ。

 

「ああ、また開けた」

耳に残った母親の言葉が聞こえてくる。直ぐに穴を開けてしまうのだが、子どもころは、母親のおかげで、くつ下は、とても長く履くことができた。

くつ下だけでなく、ズボンや服も同じく、長く着古していた。

くつ下で穴が開けてしまった箇所は、母親が繕っていた。一つ二つ、繕い箇所が有るのはザラだった。くつ下のカカトの部分がすり減って、底が抜けてさすがに履けなくなるまで、使い込んだ。

穴が開くたびに買っていたらたまったもんじゃない。少しでもお金がないは使わず、将来の為に貯金をしよう。という気持ちは強かったはずだ。それだけでなく、戦後のモノ不足や、極貧の生活を経験しているだけに、少々穴があいたり壊れたりしても、工夫して手直しして、物を大切に長く使うことが身に染み付いていたのだろう。

 

柔軟体操をしていたら、今日もまた、くつ下に穴が開けてしまった。

「ああ、また開けてしまった。もったいないなあ」

穴が開いてしまったくつ下は、簡単には僕も捨て切れない。さすがに、母のように繕って使うことはできないが、自分なりにほかの方法をやっている。

 

穴が開いてしまった方は残念ながらゴミ箱行きにしてしまうが、穴が開いてない、もう片方はまだまだ履ける状態だ。新たなパートナーが見つかるまで取っておく。

 

僕はたいていの場合、くつ下はユニクロで買うので、全く同じくつ下を何足も持っていたりする。

たとえ穴が開いてこれまでの相方がいなくなったとしても、開いていないもの同士で一致すれば、再び新たな相方としてパートナーを組み、また履けるようになるのである。

これが、くつ下を長持ちさせる、今の僕なりの方法である。

母のやってきたことに対しては、頭が上がらない。

 

 

ありがたいと感謝するのが人間だと思う。もったいないとモノを大切にする心から、大きな感謝が生まれる。

しかし、もったいないと思う心を忘れ、感謝を忘れると、自己中心になり、色んなトラブルが起こると思う。

モノが溢れる現代だからこそ、モノへの感謝の気持ちは忘れず 、あるのは当然でなく、ありがたいことだと意識したい。自分の周りにあるすべての物、全ての人々、環境を意識し、感謝したい。

穴の開いたくつ下を見つめ、母親がもったいないとくつ下を繕っていたことを思い出しながら、モノへの感謝を考えた。

 
最後まで読んでくださり有難うございました。